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読書日記 2


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読書日記 1のつづき


 加藤周一『日本文学史序説 上・下』
スタジオジブリから出ている加藤さんの『日本その心とかたち』を読む。
ちなみに今月末からジブリの協力で加藤さんのドキュメンタリー映画が上映されるみたい。

日本の美術史を縄文時代から繙(ひもと)くのは、この時期の土器の形や文様におどろくべき独創性があったためである。(中略)注目すべきは、これらの力強くダイナミックな形象がその後の日本の造形の中に見られないばかりか、世界の他の地域の土器にもみられないという事実である。(『日本その心とかたち』P15)

海外との交流も少しはあったと思うけど、
縄文人達は ほぼ1万年にわたって外部から孤立していた。
縄文土器のその独特さは、そういった「鎖国」状態が非常にながくて、
その結果、熟成・洗練されたもの。

そして、その頃の時間感覚は、現代のように直線的なものではなく、
太陽と地球の運動に忠実に、生と死が循環して円を描くような、
そんな感覚だったんだとボクは思う。

この本で一番気になったのは、聖徳太子の仏教の道具化(instrumentalization)という指摘。

外来の、知的に洗練された「イデオロギー」体系の道具化は、おそらく聖徳太子に始まって、
日本思想史を一貫するのである。( 『日本その心とかたち』P51)


人々を治めるための「思想(死生観)」や、「文字」を自前ではつくらず、
道具として利用する。
道具は使う者に合わせて、形が変わる。つまり土着化する。
このとき聖徳太子が選択した「方法」が現在もなお生き続けている。


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 杉本博司『現(うつつ)な像』を読む。

特に菅原道真による遣唐使の廃止(寛平六年)以降は貞観彫刻と呼ばれる日本独特の仏教彫刻の名品が次々と生み出されることになる。そしてそのほとんどが初期の金銅仏ではなく木彫仏となるのは我が国の霊木信仰と深く繋がりがあることは明白である。
(『現な像-神が仏になる時-』P15)


よく指摘されるように、はじめに日本の文化が花開くのは平安時代。
これは、平安期の遣唐使の廃止とリンクしてて、
遣唐使の廃止は「鎖国」に近い状態を意味し、その結果、
渡来してきた様々なもの(道具)が日本の風土で変形し、熟成・洗練が加速された。
仏教では、自然崇拝(アニミズム)との融合(本地垂迹)が行われる。

それは、
ある1つの外からきたものが、日本の多湿な気候でどんどん苔むすイメージ。

そういったことは現在に至るまで続き、明治期に入ると
中国(スタンダード)の失墜で、よって立っていた中国文化圏から切れてしまい、
マルクス主義や、キリスト教、大雑把に言って西欧合理主義みたいなものまで
「道具」として必死に取り入れ、「本家取り」していったんじゃないか、と思う。

*「道具化」に対して抵抗はなかったのか? といえば、
仏教を取り入れるかどうかで蘇我氏と物部氏の戦いがあったらしい。
危険な「道具」とみなされ、禁教扱いされた江戸期のキリスト教の
教徒達の潜伏の歴史もある(ちなみにボクの先祖は隠れキリシタンらしい)。
マルクス主義の中野重治の転向や福本和夫の投獄なども。
でも、現代もそうやけど、多くの人達はそういう葛藤はあまりなく、
あまり考えずに、たくましく生きてきたっぽい、と思う。


ある1つのスタンダードがあり、それに苔むす、またはヤドリギのように寄生する、
具体的に言えば、「連歌」や「本家取り」のようなことを、
日本に住む人達は、1000年以上に渡りしてきたんだなー、と再確認。

読書日記 3 へつづく
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by taishi_tomi | 2010-02-09 14:05 | テクスト text

読書日記 1


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アトリエの蔵書整理のついでに 少しまとまって読書。
最近は読みたい本は絶版が多いので、図書館利用ばかり。
だから、いま手もとにあるのはほとんど大学時代に読んでいた本達。

でも、根本的な「ものを考える枠組み」はその時にほぼできあがったので、
本棚を眺めているだけで自分の頭の中が可視化されているみたいで
とても面白い。



 松岡正剛『連塾 方法日本1』 『連塾 方法日本2』を読む。
これは最近購入。
大学時代は松岡さんや内田繁さんの講義を受けに
大学の授業をよくサボッてた(笑)。

千夜千冊の試みなんてとても面白いし、
ご自身をうまく「キャラ立ち」させているスタンスや、
多くの肯定的な発言も、フットワーク軽くて心地良い。勇気づけられる。
ボクはリアルタイムじゃないけど、雑誌『遊』の試みなんて今からみても面白いし、
こんな手間をかけた雑誌は他に見当たらない。

正剛さんの本はイイ意味で横滑りしていく。
「本」という存在が、混沌とした世界 という「海」に対しての
言葉や図によるマッピング=「錨」だとすると、
その錨から錨へとどんどん移行していく、ネットサーフィンする、
脳細胞の網を紡ぎだし創りつつ、その網を遊泳する「目」みたい。
またはその目の遊泳「方法」を毎回提示されている気がする。

この本は、日本の文化のコアは一体何なのか?
ということを論じている本なんやけど、
ボクが1番気になったのは、「言語翻訳コスト」について。

どの言語が覇権を握るかによって、そうではない国や民族がかける翻訳コストというのが
ものすごくバカにならない(『連塾 方法日本2』P99)


通貨や製品と同じように言語も常に戦争している、という指摘。
ex.アイルランド語は英語に殺された・・
現代はアメリカの言語=英語が覇権を握ってるけれど
英語は、少数の者が使っている英語ではない他の言語をどんどん駆逐していく。
そして風習が消え、思考(嗜好)が変わり、リズムがなくなっていく・・。
(英語の覇権は近代以降の本当にごく最近の現象)


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 柄谷行人『近代日本の批評1〜3』を読み返す。懐かしい。

中国が宗主国であったという意識はなかったけれども、中国文化圏というか、
そういうユニヴァースに自分たちがいるという意識は、漱石にしてもあるんですね。
日清戦争でそれが消える。
(中略)しかし、漱石や天心にとっては、それはユニヴァーサリティの崩壊を意味した。
漱石が西洋文学の普遍性を疑ったとき、持ち出してくるのは、日本文学ではなくて
漢文学です。むろん、漱石はどちらが普遍的だとは考えない。そこで「科学」に行く、
あるいは「理論」に行く。(『近代日本の批評3』P108)


言語の覇権といえば
アヘン戦争-日清戦争前後までは、日本は中国文化圏という意識が強かった。
そもそも日本の文字はすべて漢字から派生したものだし、切り離せないもの
つまり(特に聖徳太子の時代から)ずっと、日本では中国語が覇権を握っていた。
けれども中国の失墜で、植民地になる危機から、中国文化ではなく西欧の文化を
吸収・消化せざるをえなかった。
このとき、よって立っていたスタンダード(=中国)がなくなってしまった。
切り離してしまった

福沢が『脱亜論』を書いたのは、朝鮮に対する絶望みたいなものですね。
つまり、福沢も、朝鮮や中国にがんばってほしかったのです。
(『近代日本の批評3』P109)


江戸時代までは中国文化があり、それに対しての日本文化というものがあった。
スタンダード(=中国)がなくなる危機感をひしひしと感じていた
夏目漱石は「理論」へ。
正岡子規は「写生」へ。
必死に追究していく。

よって立つものから切れてしまって、
じゃあ今は、英語(アメリカ)がスタンダードか? といえば
どうなんやろうか? 個人の実感としてはまったく違う気がするけど
ひとまず留保。

読書日記 2 へつづく
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by taishi_tomi | 2010-02-08 15:34 | テクスト text

D R A W


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by taishi_tomi | 2010-02-03 13:45 | 制作 painting